吉田松陰先生が獄中で書いたのが,『講孟箚記(こうもうさっき)』です。『孟子』の講釈をした本です。
江戸末期の様子も少し分かる,興味の持てる本です。
「孟子」の講釈本ですので,「孟子」を読んでいると多少は分かります。「孟子」を辞書的にしか知らない場合は,途中でギブアップとなってしまってもおかしくありません。
それでも,根性で読み進めていると,それなりに感動がやってきます。
なぜなら,孟子の「浩然の気」と,松陰先生の志とが重なるからです。
自分の志は何なのか,と自問する自分が出てきます。また,大志に向けて日々精進しているかと,身の引き締まる思いもわき上がってきます。
この本の最後に,解説が載っています。今回,初めてそこを読みました。
かくすれば かくなるものと 知りながら
やむにやまれぬ 大和魂
赤穂四十七士の眠る泉岳寺の前で吉田松陰先生が手向けた詩です。
『講孟箚記』を読み終えたあとに,この詩です。感じ入るものがあります。解説を書かれた,近藤啓吾先生に感謝です。
先月,実感道徳研究会の全国大会に参加しました。休み時間,ふと当たりを見ると,友達の小出先生が本を読んでいました。なにやら,ちょっと難しそうな本のように思えたので,近くへ行ってみると,『講孟箚記』でした。
若くして,『講孟箚記』を読んでいます。小出先生を慕う若い先生がいることもうなづけます。
吉田松陰先生の全集があります。山口県教育会が編纂しました。この第1巻に刀について述べたところがあります。
刀は敵をなぎ殺す鉄棒と心得るべし。
陣刀あまりきれをも頼むべからず,第一折れ曲がらざる刀を用うべし。
チャラチャラした刀を持つことが流行していた中,こう書き記す松陰先生の心に学ぶものがあります。