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「待つ」の戯れ話

「第1回 主張ある道徳授業を創る!」セミナーで、羽鳥悟先生が、ナイスな指示を出していました。
「速く終わった人は、姿勢を良くして待っていて下さい。」

「ああ、良い指示だ!」と、グイッと来た先生がどれほどいたかは分かりませんが、この指示、私も現役の頃、よく出していました。

「待つ」ことを授業で学べる子は、我慢する力、辛抱する力がついてきます。
我慢・辛抱の力は、それ自体では「すごいね」という現象を起こしません。
でも、何かに向かって進むとき、我慢や辛抱は底の方からメキメキと力を出してきます。

そういう大切な力だと思っているので、ちょっと、脱線系ですが、「待つ」で蘊蓄(うんちく)を一つ。

姿勢よくじっと待つ姿は、侍の姿に似ています。
キチッとしていて、キリッとしていて。
凛とした姿です。

ある時、なんで姿勢よく待っている姿が侍に似ているのか。ふと考えてみました。
そうしたら、漢字がそっくりなのです。

「待つ」の中には「侍」が隠れている!
もう、これで十分です。
待てる子は、侍の子なのです。

そう思っていると、「待」が、《 待 = 侍 + ノ 》でできていることに気がつきます。
そうか、分かった!と独り合点が進みます。

待つことを厭わずにできるということは、それだけで「侍の」道を歩んでいることになる!
ということは、姿勢よく待てる子は、きっと、御先祖様は武士だ!

ここまで巡って、姿勢良く待っている子に、時々、言います。
「君の御先祖様は、きっと武士だったと、先生は思います。」
「君もそうです。ご先祖様はきっと武士です。」
力を込めて言うと、高いレベルで、その気になってくれます。

戯れ話ですが、子ども達の姿勢は良くなってきます。
姿勢良く待つことを継続的に指導し続ける先生方が増えたら、日本の犯罪も減るでしょうね。
粘り強い研究なども進むでしょうね。
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