Monthly Archives: 8月 2016

You are browsing the site archives by month.

「巧言令色鮮ないかな仁」の妙味

b7734明日から9月ですね。
9月は例会が2つ。
「チーム算数」は10日(土)の午後からです。
場所は,いつものジョナサン。
あの城ヶ崎滋雄先生の話が聴けるのが,大きな特典です。

「SG会」は17日(土)の夕方からです。
場所は,明石先生のオフィスです。
明石先生の見識の博さ,学ぶところ大です。

どちらも,とても楽しい会です。
--
b7476言葉が巧み。
愛想のいい顔をしている。
こういう時の人の心には,仁や誠というような真心がこれっぽっちもないですよと教えてくれています。

この条,読むに付け,いろいろな思いが巡ります。
まずは,「巧言令色で近づく人がいたら気をつけよう」と思います。
それ以上に,「そう言えば,自分もかなり巧言令色だな,もしかしたら,自分には仁がほとんど無いのかも」との思いも生じます。
そうして,言葉巧みになりそうになったとき,愛想良くしているときが,自分の心から仁が遠ざかる時なので,その時こそ,要注意の時なんだと自戒の気持ちになります。

こういう思いがあれこれ巡るのは,この条が言葉・顔色など行為を記した後に,仁という心の様子を記しているからなのだと思っています。
これが,もし,行為から行為へと,例えば,「巧言令色,詐欺に近し」と記されていたら,この条のように思いは巡りにくいです。
論語は心のあり方を示す語が,良いところにポンと入ってくるので,読む度に深みが変わってきます。

ところで,「仁」ですが,仁って何なんでしょうね。
愛とも言われますし,真心とも誠とも言われます。
そう言い換えられるとそんな気になりつつも,どうにもスッキリしない自分もいます。
抽象的な仁を,抽象的な愛・真心・誠へと言い換えるのは,抽象から抽象への変換です。
これは,小学校の先生なら,ちょっとダメかもと思います。
とくに,小学校の算数の教えを身につけている先生には,イマイチとなります。
せめて,半具体レベルの置き換えをして欲しいと思うのですが,そういう置き換えは普通はしません。
でも,そう置き換えたくなる自分がいるので,それについては,後日,記しましょう。

★『日めくり教室論語』 良いですね。b8626_300
--
関連記事:

 

「まんがで知る教師の学びマグカップ」です!!

b7479b7480b7478素敵なマグカップをいただきました。
「まんがで知る教師の学びマグカップ」です。
どうです。カップをぐるりと登場人物の先生方が囲んでいます。
主人公の吉良先生もいれば,退職を考えてしまう師村先生もいます。
研究熱心な剣田先生も!

カップをいただいたので,前田康裕先生とちょっと電話しました。
そうしたら,登場人物などの配置も,実に良く考えられていることがわかりました。

自分で飲むときは,右利きの人は右手で持ちます。
その時,自分を見てくれるのは,主人公の吉良先生です。
見通しを持って進んでいく吉良先生が自分を見てくれるのです。
力が湧いてきますね。

また,このマグカップは職員室で使うことが推奨されています。
すると,右手で自分がカップを持つと,向こう側の先生には『まんがで知る教師の学び』の書名と素敵な先生方が見える仕組みになっています。

若いネットけんさく先生と夏村ひかる先生は持つところの反対側に位置しています。
この向きも私は気に入っています。

私は職員室で仕事をすることがもう無いのですが,家で楽しみつつコーヒー紅茶をいただこうと思っています。
--
関連記事:

『論語』学而第一,怨まないんです

b7481勉強をしっかりやり,朋友もできた。
これだけでも,実に充実した良い人生です。が,ここまで進むと,それなりに欲が出て来るのも人の心です。

自分から友へ広がったように,友から世間へと広がり,世間にも認められたいなという思いになってきます。
でも,現実は,自分自身や仲間内のようにはすんなりとはいきません。
どうにも認めらない日々が延々と続きます。

そんなとき,「怨まないんだよ」と教えてくれているのが,学而第一です。

そうはいっても,「何で自分だけ」とか,「どうして自分は」とか,あれこれ思ってしまうのも人の心です。
怨むなと言われれば,逆に怨みたくもなってきます。
この自然に湧き上がってくる,怨み辛みの感情。
これこそが,人生の大きな学びの場なのでしょう。

「学びて時にこれを習う」は,まだ青い学びです。
「人知らずして怨まず」に至って,人生で乗り越えるべき学びの場にやってきたのです。

b7877青い「学び」は,遠方から朋を呼び寄せます。
同様に,人生の「学び」は,遠方にあるといわれる「君子の境地」を自分の心に呼び寄せてくれるのです。

論語は読む度に,深い味わいを与えてくれますね。

道徳の授業でこういう人生というスケールでの学習ができたら,いいですね。
ひょいと,「学習」という字を訓読みしたとき,「学びて時にこれを習う」と読む子がいたら,にっこりしてしまいますね。

日めくりの『教室論語』は完結で良いですね。
--
関連記事:

『論語』の学而第一の「朋」って大事ですね

b7484「学びて時にこれを習う
また説ばしからずや」
「朋 遠方より来たる
また楽しからずや」
この2つ。
先生くさく考えると,「学んだら復習をして,そうして,友達が遠方からも来てくれるような人になりましょうね」と言いたくなります。

どのようにしていくことが良いことであり,どうなることが大切なのか,そういう見方はそれなりの説得力を持ちます。
だから,そうなのだなとの思いが湧いてきます。
それとは別に,やはり,心の様子を記している「説(悦)」と「楽」の文字が心にグッと響いてきます。

悦と楽。
悦は一人で感じる喜び。
楽は人と分かち合う喜びです。

少し脱線しますが,小学生の道徳には,「主として自分自身に関すること」と「主として他の人とのかかわりに関すること」があります。
この悦と楽は,そこへの心のあり方を示しているように思えます。
指導要領を読むと,「自分でできることは自分でやり,よく考えて行動し,節度のある生活をする」など,いろいろと記されていますが,何をどうするという示し方が目立ちます。
きっと,これは道徳の入り口の表し方なのでしょうね。
節度のある生活をしたら,その生活をしていることを悦しいと感じられる日がやってきますよと,教えられたら良いですね。

そうして,「朋」です。
普通は「友」なのですが,道を歩み始めると,「朋」と「友」にはそれなりの違いがあるとされています。
b7485「友」は志を同じくする人で,「朋」は師匠を同じにする人となっています。
こういう区別があることを知っていても,それを区別して使うことはありません。
要するに,同じ師匠の下で学ぶ仲間や,同じ方向で仕事を進める仲間。
それが朋友なのです。
そういう人が自分の所にやってきたら,それは話も弾みます。
まさに,極めて楽しい一時になります。
こういう一時こそが,まことの極楽なのです。

道徳に力を入れている先生には,論語を読んで欲しいと思います。忙しいのはわかっていますが・・・。
日めくりの『教室論語』が教卓の上にあったら,クラスが少しずつ変わっていくでしょうね。
--
関連記事:

『論語』の学而第一は良いですね

b7486暑い夏ですが,ひょいと『論語』の本を開いて,ちょっと良い気分に浸っています。

一番最初の章,「学而第一」のトップに書いてあるのは,「学びて時にこれを習う また説ばしからずや」です。

私の場合,その昔に学校の先生をやっていたので,学んだら,時々復習をして・・・と学習方法に目がいきがちになります。
職業柄,学び方も教えるので,自然と力がそこに向かってしまうことが,自分でよくわかります。

論語を読んでいると,方法の素晴らしさらもあるのですが,やはり心のありようの素晴らしさに感動をします。

「説ころばしからずや」というのは,喜ばしいですねぇという意味です。
勉強して,復習をして,そうしていることが楽しいということなのです。

やらされている勉強では,いやいややっている感が高まり,この喜ばしいという気持ちがなかなか湧いてきません。
学び事に自分から向かっていく心があると喜ばしいという気持ちも一緒にやってきます。
ましてや,志を持って学んでいれば,その道全体に楽しい世界が浸透します。

この喜ばしい気持ちですが,自分一人で喜ばしいと思うときには,「悦」となります。
友達と一緒に分かち合うときには,「楽」となります。
論語のこの場面は,一人での学習ですので,「悦しい」の意味で把握しています。
「自分で楽しめる」「自分で喜んでいる」という気持ちになると,一人でもその道を進んでいこうとする強い原動力になるのだ!と,私には思えています。

「悦しいですね」「楽しいですね」
これ,私のちょっとした口癖です。

b7877私の友達には,道徳を勉強している先生が多いので,時間のあるときに『論語』を読むといいことを,たまに話すことがあります。
その気になって読んでいる先生もいますが,すっかり忘れる先生の方が多いようです。

日めくりになっている『教室論語』もいいですね。
私でも,これをめくって見ているだけで,勇気が湧いてきます。そうして,ありがたいことに,気持ちが前向きになります。
--
関連記事:

面積の学習,マッチ棒パズル,かなり難しい!

そろそろ夏休みも終わりに近づいてきましたね。
新学期も明るく楽しく,それでいて,ちょっと難しく。
気がつくと力が付いている。
そんな楽しい一時を,つくってみるのも良いかもしれません。
b7489
面積の学習として役立つ,マッチ棒パズルがあります。

マッチ棒10本を使って,図のように,長方形を作ります。
すると,面積は6平方マッチになります。
★余談ですが,こういう単位の付け方は算数の基本です。鉛筆で面積を作ったら,「平方鉛筆」というようにするのです。
わずかなことですが,単位とはどういう事か次第にわかってきます。

マッチ棒の数を変えないで,ちょっと何本か動かして,面積を5平方マッチにするには,図の右側のようにすればできます。

さて,ここで問題です。
かなり難しい問題です。
「わからない」「降参」と口走ってしまう小学校の先生も出るほどの何問です。

マッチ棒の数は10本のままで,面積を3平方マッチにするには,どう動かしたらよいでしょう。
ただし,マッチ棒が重なるようなことがあってはいけません。
--
真面目に考えれば,わかる範囲の問題ですが,答えが気になる先生は,フェイスブックのグループ「日本基礎学習ゲーム研究会」に御入会下さい。
明日あたりに,答えが発表される予定です。

プログラミング学習が始まろうというこの時代に,ベタなパズルをやっているのですから,私もどうかしているのかもしれません。
ただ,こういうパズルの解法は,そのこと自体がプログラミングに似ています。
論理一筋だからです。
解法を手に入れると言うことは,論理的に説明ができている状態ということになります。
そう思うと,パズルも楽しいですね。
--