Category Archives: 道徳

「道徳読み」、大阪でもいい感じでした!

「道徳読み」は評判が良いですね。

大阪の野口塾の会場では、篠塚先生が次のように話してくれました。
◎子供達が真剣に道徳の読み物資料を読むようになった。

また、次のようにも言っていました。
◎とっつきやすい。
◎実践しやすい。

篠塚先生は、丸岡先生からレクチャーを受けて実践をはじめた先生です。
私からの直接のレクチャーではなく、私から話を聞いた丸岡先生からの話です。
いわば、「又聞き」です。
それでも、道徳の授業を「道徳読み」でやってみたくなり、実際にやってみたら、上のような状態になりました。

たぶん、篠塚先生も道徳でお困りの若い先生に「道徳読み」を伝えてくれると思います。
篠塚先生に教わった先生が「道徳読み」で道徳の授業を充実して行えたら、
「道徳読み」は基本的なことが伝われば、実践したくなる授業と言えますね。

講座でも、「道徳読み」の話をしました。
先生方は大変喜んでくださいました。

講座後、自席に向かうと、近くに座っていた教頭先生から声をかけられました。
若い先生にも伝えたいとのことです。
嬉しいですね。
きっと、道徳の授業をしっかりできる立派な先生になってもらいたいと願っているだろうと思います。
「道徳読み」はその願いにフィットしてくれました。

『日めくり 教室論語』も講座で紹介しました。
教室の先生の机の上に、ぜひ置いてください。
じんわりと道徳が教室に広がります。
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「道徳読みを研究する会」というグループができました!

ブログに、「道徳読み」の実践に関わることを書いていたら、昨日、とてもうれしい活動報告が入りました。
「道徳読みを研究する会」
が発足しました。

フェイスブック内のグループです。
発起人は丸岡慎弥先生!
実践を交流する場を作りたかったようです。

とても、ありがたいことです。

「道徳読みを研究する会」、目下、会員は私を含めて5人です。
近い将来、道徳教育の1ページをめくる先生が集うことになります。
これは、うれしい場となりますね。

大宮での「主張ある道徳授業を創る!」セミナーの感想に、次の内容がありました。
◆圧巻の内容。
読みもの資料を無理なく活用できる授業方法が確立しているように思いました。

「道徳読み」は授業方法としての形を確立した感があります。
しかも、その方法は、授業の手法という「利にさとる」方法ではありません。
そもそも道徳とは何を学ぶのかという「義にさとる」道から創られた方法です。

学校教育に大いに有益な方法ですし、国益にもなります。
自信を持って前進してほしいです。

「道徳読み」の大枠はできたので、いよいよ実践を通して、子細を詰める段階に入ってきました。

そのタイミングで、丸岡先生の活動です。
「道徳読みを研究する会」が充実していくことを期待しています。

参加御希望の先生、フェイスブックで「道徳読みを研究する会」で検索してみて下さい。
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今週の日曜日は、大阪の野口塾です。30分ほど「道徳読み」の話をします。
ぜひ、お越し下さい。
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主張ある道徳授業の感想を1つ

先日開催された、道徳のセミナーでの「道徳読み」への感想が届きました。
前回に続き、今回も、参加された先生方の感想は熱いです。

1つ御紹介します。
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来年度からは教科書を使用しなければならないので,それを見据えて,これから今日知った道徳読みを早速実践していきたいと思いました。
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この先生は、立派です。
先を見ています。

人生で大事なことは、ちょっと先がどうなるかを読むことです。
少しでも読めたら、そこへ向けて今から努力をすればいいのです。
たいていの場合、その努力は新しい時代を切り開く努力となります。
気持ちが高まる努力です。
悲しいのは、追われて行う努力です。
妙に精神性で沈みます。

上の感想をどなたが書いたのかは、私には分かりません。
でも、こういう先を感じ取る先生と交流を深めたいと思います。

今週の日曜は、大阪の野口塾で「道徳読み」の話をします。
関心のある先生、是非、御参加下さい。

次期指導要領の道徳に「涵養」が登場していますね。
この言葉、私は非常に注目をしています。
教卓の上の『日めくり 教室論語』は、じんわり効いてくるので、まさに、涵養の道徳です。
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丸岡信弥先生、「道徳読み」、毎日新聞に!

英語の「わくわくプリント」の新作がアップされました。
御覧のような楽しいプリントが2枚、アップされました。
関心のある先生、ぜひ、ダウンロードして御活用下さい。<こちら>です。

うれしいニュースが飛び込みました。
丸岡信弥先生が毎日新聞に載りました。
6月10日(土)の朝刊です。

紙面の中に、丸岡先生のコメントが載っています。
そこに、「道徳読み」が紹介されました。
「道徳読み」という言葉が、新聞に載った第1号です。
丸岡先生、さすがです!!

毎日新聞の記事がネットにアップされています。
https://mainichi.jp/articles/20170610/ddl/k27/100/418000c
https://mainichi.jp/articles/20170610/ddl/k27/100/420000c
関心のある先生、是非、お読み下さい。

丸岡先生と、今週の土曜日に会うので、「道徳読み」について、情報交換をしたいと思っています。
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道徳は何を教えるのかと、親に聞かれたら?

セミナーで出たもう一つの質問。
それは、
道徳は何を教えるのか、と親に聞かれたら、どう答えるか。
というような内容でした。

「道徳」だから、「徳のある道」と答えても良いのですが、これはやや漫然としています。
「徳」という言葉に、それほど強い納得感がありません。
具体がへばりついている感覚が無いからです。
道徳を教えている先生には、この答えでも十分良い感じとなります。
先生の中に道徳の具体例が入っているからです。
ですので、こういうやや漠とした答えでも、それなりに納得してもらえます。

しかし、この質問は聞き手が保護者となっています。
保護者は道徳を教えるという、道徳への強い関わりを持っていません。
分かりやすく、納得してもらえるような内容が必要です。

そう思い、簡単な具体例で、道徳の特徴が見えてくるものとして、私は、「花子と次郎の話」をしました。
この事例で「算数脳」「国語脳」「道徳脳」の違いを伝え、後日、「道徳読み」で授業を展開すれば、納得度は非常に高いだろうと思います。

これが、雑ぱくながらの質疑応答の一こまです。
ありがたいなと思ったのは、しばらくして私の至らなさに気づくことができたのです。

道徳は何の勉強をするのですか。
というような問いに対して、相手に応じて答えられるように、頭の中の道徳を整理する必要があるということを感じ取らせてくれたのです。
例えば、先生向け、親や大人向け、子供向け。

同時に、道徳の質問に答える自分の答え方も感じ取れました。
「私はこう答えます」と自分の力が高いことを示そうとすると、解答が優れていても、その根底が怪しくなってきます。
相手の道徳性が高まるように、どちらかといういうと「あっちの方向ですよ」と指さすような答え方ができると、最高なのだがと思いました。「指南」ですね。

いろいろと思いを巡らせてくれる質問で、ありがたい思いになりました。
教室の道徳性も、じんわりと高めて行けたら。『日めくり 教室論語』をぜひ教卓に置いてみてください。
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道徳、1つだけ教えるとしたら

「主張ある道徳授業を創る!」の最後は、「質疑応答」でした。
4つの質問が出たのですが、その内の2つの質問は、私にとっても良い勉強になりました。

その1つの質問は、
道徳で1つだけ教えることを選ぶとしたら。
というような、内容でした。

いろいろと教えることはあるのですが、その中でどれか一つを守るとしたら、つまり、他のことは捨て去って、どんどん捨て去って、最後の最後に1つだけ残すとしたら、それは何かという問いです。

この問いは、ある意味、「志」を問われているような質問でもあり、守らなければならない「最高の道徳」を聞かれているような問でもあります。
質が高いと感じ入りました。

同時に、この種の質問をする人にありがちなことが頭をよぎりました。
この種の質問をする人は、自分なりの解答を持っている人と、持っていない人に分かれます。
解答を持っている人なら、こちらの答えもそれなりに響きます。
自分の持っている解答と比較し、考えが巡るからです。

しかし、自分なりの解答を持っていない人だと、こちらの言葉が右の耳から入って、左に抜けていきます。
頭の中にも、心にも、引っかかるに値する思いが無いからです。
この状態の人に答えても、虚しさだけが残ります。
お粗末な場合は、こちらがテストされている状態になります。

そこで、質問者に聞き返しました。
「あなたの心にある一つだけ守る道徳は何ですか?」

その答えはスッと出ません。
きっと自分の考えを持っていないのだろうと思いました。

どうなるかと思っていたのですが、質問者は立派でした。
私からの質問に、答えてきたのです。
「尊敬です」
退かない力強さ。
自ら答えを定めた前向きさ。
良いものを持っている青年だと思いました。

これで、とりあえず質問者の頭には、「尊敬」こそが一番大事な道徳と位置づきました。
有り難いです。
私が答えても、何かしら質問者の中に引っかかると思います。

このやりとりは、私にとって重要で、「道徳のそもそも論」で話しているところと重なります。
◆心は教えられない。心は自分から。
心の部分へのアプローチを、このやりとりで再確認できました。
道徳は学び甲斐のある学問ですね。

セミナーでは「ブランコ乗りとピエロ」を扱ったのですが、この作品をよく言い表しているのが「上に居りて寛 礼を為して敬」かなと、思っています。
論語が好きで、道徳も好きという先生とは、少しゆっくり話したいですね。

今週の土曜日は、埼玉の本庄早稲田でのセミナーです。
こちらでは、「講演者、発表者と語るフリートーク」が1時間ほどあります。
どんな語らいになるのでしょう。楽しみですね。
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