Category Archives: 友人知人

「チーム算数」開始日でした

チーム算数の開催日でした。
いつものジョナサンに着くと、全員がすでに来ていて楽しく語らっていました。
良いですね。

ダンゼン光っていたのは、藪田先生の家訓冊子です。
一つ一つの家訓が勉強になります。

輝いているなぁと感じた家訓を一つ御紹介します。

一寸長くなる楠の木には大木あり
一丈長くなる梅の木には大木なし
(多胡辰敬『多胡辰敬家訓』)

コンスタントに少しずつ。
そういう成長が大木への道。
かくありたいですね。

佐々木先生からはプログラミング研修のテキスト。
スクラッチを用いての研修です。
その手順が分かりやすいです。

スクラッチは無料で、ソースも見ることができるとのことでした。
どんなソースになっているのか、私の関心はそこに向きました。
そうしたら、すぐに小路先生がネットで調べてくれ、Squeakという言語がつかわれているとわかりました。
時間のある時に、ちょっとスクラッチをいじって中のソースを見てみたいと思います。

また、佐々木先生から「パスポートのトリビア」が提示されました。
日本のパスポートも探るといろいろと深い意味があることがよく分かりました。

私からは道徳の話。
右のような印刷物を配ったのですが、あまりに内容を略しすぎていて、話す私も上手いこと話せませんでした。

それでも、この4つの言葉は小学校では意識的に使い、それがどこに結びつくかを時折語れれば、良い導きができます。

この4つの言葉の行き着く先は、「仁義礼智」となります。
そこを話したら、すぐに、「信」もほしいという反応があり、チーム算数の底力を感じました。
八犬伝ではありませんが、「忠信孝悌」がこの「仁義礼智」を一歩高める形で続くので、そこを話そうかと思ったのですが、イマイチ語りの調子が悪いのやめました。

持ち合わせている道徳でも道徳を語り、感じ入ることができますが、そこにこういう学問道徳を学び、思慮することで、道徳力は少しずつ高まります。
道徳は、一寸ずつのびる楠のようでありたいですね。

そうそう、この道徳についても小路先生はさっと調べてメモをしていました。
小路先生のこの力は、いつか良い形で花開くように思えています。
卓越しています。

城ヶ崎先生からは、これから先のセミナーで話すことなど、多岐にわたって話が出ました。
城ヶ崎先生は中庸の考えがしっかり根付いているので、話が安定しています。
こうありたいと思いました。

月末、城ヶ崎先生と同じ会場で話をすることが分かりました。
城ヶ崎先生の次の時間が私となっています。
ですので、帰りは一緒に夕飯を食べながら、楽しく歓談することにしました。

次回のチーム算数は9月16日。SG会開催日です。
午後2時から、いつものジョナサンです。
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熊谷先生、丸岡先生、いいですね!

「道徳読み」に関するうれしい知らせが届いています。

熊谷青士先生はサークルで「道徳読み」の話をしたそうです。そうしたら、先生の中に関心を持った方がいたそうで、なんだかうれしい気持ちになりました。
私が熊谷先生に「道徳読み」を話したのは、懇親会の席上です。それでもわかる先生にはわかります。
きっとサークルの先生もわかる先生なので、2学期には「道徳読み」で授業を始めると思います。

丸岡先生もサークルのような学習会を夕方から開催したら、13名の先生が集まってくれたそうです。
「道徳読み」を2学期から実践してみたいという先生がたくさんいたそうです。
こちらも、わかる先生が集まってくれたようで嬉しいですね。

「道徳読み」にはいくつかの特徴があります。
その一つは、道徳を大雑把ですが、頭の道徳、体の道徳、心の道徳の3つに分けていることです。

体の道徳と言うのは、戦前、特に低学年に力を入れて教えられてきた行儀作法です。
形だけを真似しているだけでも十分いいのですが、なぜそうするのかと理由が分かったり(頭)、敬意(心)からその行儀作法が出てくるようになると、最高の行儀作法となります。

頭の道徳と言うのは、私がよく用いている学問道徳です。
勇気は大切だが、その心に義が無ければ、その勇気は暴力となる。というようなことが分かる頭を持つことです。
忘れ物をした子を見て、一番大事な忘れ物をしてはいないかと頭が巡ることも、学問道徳です。

心の道徳は、そのまま心の道徳です。特徴的なのは、「心は自分から」ということです。

こういう道徳の話を楽しんで語らえるようになると、徳のある道を歩み始めたことになります。
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「宥座の器」が『孔子家語』に

日曜日、野口家への出立時刻にはまだ間があったので、少し『孔子家語』を読んでいました。
すると、「宥座の器(ゆうざのき)」の話が出てきて、おやまあと驚きました。
『荀子』に出ていることは知っていたのですが、『孔子家語』にも出てくるとは思ってもいませんでした。

そして、野口家へ。
お昼の散策で、山中先生がいつものように野口家ガイドをしてくれます。
その中に「宥座の器」もあり、なるほどと思える素晴らしい語りで聞かせてくれました。
山中先生は宥座の器の資料も用意してくれています。
それを開いたら、出典が私の読んでいた『孔子家語』だったのです。
嬉しくなりました。
こういうこともあるのだなぁと良い気分でした。

良い機会のですので、家に帰り、「宥座」を調べました。
辞書には直接は出てこないですね。
こういう時は、漢和辞典で第1漢字を調べると、案外出てくることがあります。
やってみたら、出てきました。
宥座=人君を鑑戒する。〔字通〕

「鑑戒」の意味が分かりません。調べると・・・。
鑑戒=戒めとすべき手本。また、戒めとすること。戒め。かがみ。〔日本国語大辞典〕
すると、今度は「人君」が怪しい気分になりました。
人君=人の君たるもの。君主。帝王。〔日本国語大辞典〕

だいぶ分かってきました。
上に立つ人が自分自身への戒めとして使う器ということです。
「省みる」を促す器と言えます。
良い勉強になりました。

野口家について座に座っていたら、見覚えのある先生が近づいてきました。
名古屋の佐々木直美先生です。
快活ないい感じの先生です。
すぐに、あれこれ話が始まり、特別支援校、支援級での話をたくさん聞かせてもらいました。
最後の方は、お涙を頂戴いたしました。朝から血行もよくなりました。

宴会でお名前を聞いた先生が、実は昔からの知り合いでした。
茨城の田上和久先生で、今は教頭先生をされています。
役所柄かとても貫禄のあり、まったくわからなくなっていました。
大変失礼なことをしたと思っています。
でも、久しぶりにお会いしての話はとっても楽しかったです。

そうして、夜も更けたころ。
松島先生と算数談義。
松島先生は算数を教えるのが好きと言う程度の先生ではありません。
話題が「緑表紙の算数は・・・」と始まります。
記憶の奥の方にあるあれこれを引っ張り出して話を聞きました。
若い先生と算数の話ができるのもありがたいことです。

8月にも流しそうめん野口塾があります。
仙台の竹川先生御一行様が参加する素麺塾です。
近くのなので少し顔を出そうと思っています。
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家庭学習で「論語」!

夏休みが近づいてきた日。
熊谷青士先生から、家庭学習のノートの写真が届きました。

「学而第一」「為政第二」「里仁第四」「雍也第六」から、一条ずつ引用され、解説も記されています。

中を読むと、書き写した内容であることが伝わってきます。
きっと、家に論語の本があったのでしょうね。
その本の存在に気づいて、開いて、猛烈に書き写したくなったのですね。

でも、通常は、論語の本が家にあっても、子供が関心を示すことはありません。
読んでも、さほど面白い内容ではないからです。
よく分からないことが書いてある本、という感触に近いです。

その論語を書き写してきたのです。
非常に強い衝動が起きたと想像できます。
その強い衝動が起きる源をつくったのが、熊谷青士先生です。

熊谷先生が教室の机の上に『日めくり 教室論語』を置いたのが3週間前。
気づいた子が日付に合わせて日めくりをめくったことと思います。
感心が少しずつ高まってきて、ふと、家で論語の本を見つけ・・・。
「おおっ! 家にもある!」
「先生と同じだ!」
「うれしい!」
・・・・・
というような感激が体中を走ったものと思います。

小学生にとって、担任の先生は大変偉い人です。
あこがれの人でもあります。
その先生が何を好むかによって、子供達の感心は左右されます。
熊谷先生は良いことをされました。
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瀧澤真先生の「道徳読み」レポートがナイス

SG会に参加しました。
いつもながら、大量のレポートが出て、一つ一つに明石先生の的確な指摘があり、とても勉強になりました。
8月は例会がありませんが、9月は16日に開催します。しっかり、参加したいと思っています。

今回のレポートの中に、「道徳読み」がありました。瀧澤真先生のレポートです。
目を引いたのは、「道徳読み」と国語での読みとの比較が示されていた所です。
「道徳読み」の5つのパートと国語を比較してくれました。
これはとても分かりやすく、なるほどと思った次第です。

また、「道徳読み」のアレンジも記されていました。
これもありがたいことです。
「道徳読み」が次第に良い流れになっていると感じています。
うれしいですね。

明日は野口家での流し素麺塾です。
瀧澤先生も参加します。
少し、「道徳読み」について語らいたいと思っています。

熊谷青士先生からも『日めくり 教室論語』ニュースを受けました。
これも良い内容です。来週中に詳しく書きたいと思います。
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中嶋郁雄先生に教わった「生徒指導提要」

大阪の野口塾で、中嶋郁雄先生が生徒指導の話をしてくれました。
勉強していることが伝わってくる良い話しでした。

その中に文部科学省の「生徒指導提要」からの話がありました。
それがちょっと気になり、「生徒指導提要」の中の気になったところを読んでみました。
道徳との絡みの所です。

すると、いじめの所に「仲裁者」と出てきました。
いじめには仲裁者が大事なのです。

昔の話ですが、私が学生だった頃、「生徒指導」という言葉への記憶があまりありません。
その頃、元気に飛び交っていたのは、「週番」とか「風紀委員」という言葉です。
「週番」や「風紀委員」はそれなりに偉い立場で、「准先生」という感じです。
廊下歩行の注意からはじまり、けんかの仲裁、低学年の面倒見、今週の目標を守らせるなど、自分なりに「しっかりしなきゃ」という思いで活動をしていました。
思い出しただけで、懐かしさを感じます。

「仲裁者」が、もし、機能として組織化されていったら、もしかしたら、今風週番や、今様風紀委員になのかも知れない、とふと思いました。
もし今風週番ができたら、それは昔の週番より、もうちょっとセンスの良い形になるでしょうね。

日曜日の野口塾(流し素麺)に、中嶋郁雄先生も参加します。
生徒指導について、少し教えてもらいたいところがあったので、つい、週番系の話を書きました。
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