Category Archives: 古典

『やさしい漢詩教室』は良い本です

論語などを読んでいると、漢文の書き下し文も読むことになり、次第に、書き下し文の調子がいい感じに入ってきます。

そういう調子の良さは漢詩によく表れるので、身の丈に合わせて、『やさしい漢詩教室』を読み始めました。
最初の漢詩は「胡隠(こいん)君(くん)を尋ぬ」です。
いきなり知りません。
ですが、スウッといい感じで入ってきます。
高校生のころ口ずさんでいた「青春の城下町」に似た雰囲気で、なかなかいいです。

6つ目の漢詩は「春夜(しゅんや)」。
もちろん、知りません。
その最後の行に「鞦韆」とあり、ちょっと強めに反応しました。

道徳教材「ブランコ乗りとピエロ」を、もし国語で指導するとなると、真っ先に「ブランコ」にチェックが入ります。
ぶらんこは日本語なので、ひらがなで書くのが小学校国語と言うものです。
そのぶらんこの漢字が「鞦韆」なのです。
そのむかしは、「ゆさはり」と日本語で言っていたのですが、江戸時代のころに「ぶらんこ」が一般的になり、今に続いています。

すると、「春夜」はいつごろ書かれたのかが、気になってきます。
その気になった心に応えてくれるように、『やさしい漢詩教室』には、読みやすく分かりやすい解説が載っています。
そこに、作者の蘇軾(そしょく)は1036-1101をありました。
平安時代の後半でしょうか。
その時代の中国では、「鞦韆」が普通に使われていたとわかります。

この体験で道徳の周辺教養の得方を学んだ気持ちになりました。
『やさしい漢詩教室』はいい本ですね。
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「主張ある道徳授業を創る!」での深澤久先生のアドバイス

深澤久先生が立ち上げた「主張ある道徳授業を創る!」の未来は面白くなりそうです。

私は「簡単明瞭、道徳のそもそも論~あなたの指導にパワー充填~」を話したのですが、このサブタイトル「あなたの指導にパワー充填」は当初ありませんでした。
そもそも論は内容が昔に戻るので、サブタイトルがあった方が望ましいと指摘したのは、深澤久先生です。
こういうところへのセンス、深澤先生は抜群に良いです。
それで、どうするかと思い、付けたのが、「あなたの指導にパワー充填」です。

40分の講座の終了際、先生方に尋ねました。
「パワーが充填された人!」
ほぼ全員が手を挙げました。
サブタイトルがなかったら、こういう聞き方はできなかったでしょう。
深澤先生の切れ味に、感謝です。

ほぼ全員が手を挙げたと言うことは、初めて聞いた話の連続だったのでしょう。
「簡単明瞭」と、非常に単純な話にしていますが、その内容は、道徳のストライクゾーンの話です。
きっと、先生方のこの先の道徳で、ここぞというようなところで、ひょいと顔を出してくると思います。

懇親会で、若い先生に論語が重要であることを少しだけ話しました。
「“温故知新”の後に、何が続くか知っていますか?」と問うたのですが、若い先生方は首を横に振るだけでした。
「“もって師となる”と続くのです。」
2500年前にこういわれ、古い時代の礼儀などを学ぶことは、その当時も重要だったのです。
そうして、今回も古い話で先生方の道徳にパワーが充填されています。
論語は、この一節をとっても、重いなぁと感じます。

セミナーで私がどんな話をしたのかは、書けるところをおいおい書いていこうと思います。
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今度の土曜日は、午後2時から「チーム算数」です。
最近は、「チーム道徳」になりつつあります。
場所はいつものジョナサン。
その後、午後5時半から、明石先生の「SG会」です。
楽しみの続く土曜日です。
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新春の市会

◆新年の市会です。
毎年、ブースを出しています。
今年は展示の方法に少し工夫を凝らしました。

『子どもが夢中で手を挙げる 外国語活動』を、ドーンと目立つようにしています。
ノートパソコンも2台用意し、ソフト内容をその場で見ることができるようにしました。

「いつかは英語人。いつの間にか英語人。」そんな子供達のいる教室になってしまいそうで、嬉しいですね。

この会の主催は、日教販で、会場には、全国にある教販の方々、書店の方々、出版社の方々など、総勢600~800人ぐらいの方々が集まったのではないかと思います。

ですので、たくさんの方がブースに訪れてくれ、商品の話をたくさんすることができました。

今年は良い感じで進みそうな予感が、この場でもしました。
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◆易経の「繋辞上伝」に載っている易と簡について記されている部分を読み返しました。
相変わらず、いいですね。その通りです。

易経を表したのは伏羲(ふっき・ふくぎ)で、生きていたのは紀元前3350年~3040年(ウィキペディア)となっています。
今から5000年以上も前の人が表したのですから、凄いとしか言いようがありません。

「易簡にして天下の理得たり」
道徳の研究はここが大切なのです。
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「道徳読み」の「社会の道徳」「自分の道徳」

仕事がはかどり、気分は上々。

道徳の教材に「ブランコ乗りとピエロ」というお話があります。
偶然、ネットで目にしたので、読んでみました。

少々不思議な教材ですね。

すでに、指導をされたことのある先生なら、お気づきのことと思いますが、道徳が途中でずれるのです。
「社会の道徳」の話だったのが、途中から「自分の道徳」になっていきます。

これは、きっと、「社会の道徳」も「自分の道徳」も、しっかり考えましょうね、ということだろうと思います。
「自分の道徳」については、それなりに情報が記されているので、道徳としてどうなのかと考えることができます。
でも、「社会の道徳」については、肝心なことが書かれていません。
この作品なら、「訓」と「会」について記してほしいと思いました。
そうでないと、せっかくの教材なのに、「社会の道徳」という大人の道徳について学べません。残念だなあと思います。

不思議に思ったのは、最後に王様からのプレゼントが登場しています。
これは、いかがなものかと思います。
心の教育をするのが道徳なのです。
王様が仮にプレゼントをしていたとしても、それをわざわざ記す必要はないと思います。
これを、王様の粋な計らいなどと考えてしまうと、せっかくの道徳が物品に押されてしまいます。一歩間違えると「私利」の世界へ引き込まれていきます。

そういう教材ですが、「道徳読み」をすると、学ぶべき点が多々見えてきます。
私は、ブランコ乗りの姿から、しばし反省させられました。
やはり、自分でじっくりと「道徳読み」をするのが良いなぁと思います。

ところで、「日めくり論語」が教室の教卓の上に置かれている学級だったら、ブランコ乗りに対する道徳も根拠をもって話す子が出てきますね。
さらに踏み込んで、「諭される前に改める力を持てば、なお素晴らしいですね。」といった思いも出てくる可能性があります。
「ブランコ乗りとピエロ」は、「道徳読み」をすると、味わい深い作品になります。

◆1月15日、実感道徳研究会全国大会。
◆2月18日、主張ある道徳授業を創るセミナー。
楽しみですね。
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論語

b7364いろいろとやることがあり、デスクに向かってバタバタしています。
これがまだまだ続くので、しずしずと情熱的に前進するのが一番と思っています。

時に、フッと休憩をするのですが、時折『論語』を開いて、極めて当たり前のことに感動をしています。

性相い近し。習い相い遠し。

生まれ持った素質にはそんなに違いはありません。
でも、その後の環境やら努力やらで大きな差がでます。

そんなの当たり前であり、何を今更と感じます。
それなら、読み返さなくても良いと思うのですが、これが違うのです。

当たり前のことを読んで、それが、心に再確認するように響いてくるのです。
自然と、自分の心の火が少し大きくなります。
夢を描きたくもなりますし、描いた夢へ近づきたくなります。
今日ももう一歩歩もうと心が促してくれます。
こういう心のあり方が、「道徳のなせる力」なのだと私は思っています。

b7473論語には、「正しい生き方」に関する当たり前のことが少し古い言葉で書いてあります。
私にはとてもありがたい本です。
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今度の土曜日は、野口塾in神戸です。
道徳の話もします。
お近くの先生、関心がありましたら、是非、お越し下さい。
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飛行機の中で法言

b7424ルワンダへの旅の友。
今回は、『法言』を持っていきました。

孔子の後、500年ほどしてから書かれた書です。

帯には、「『論語』よりもおもしろい!」とありますが、私には論語の方が断然面白いです。
でも、一緒に持っていった、仏教の本より格段に面白かったです。

飛行機の中で本を読むのですが、アフリカまでの道中は極めて長く、同行の人たちと隣同士に座ると、トイレの度に、通路側の人が動かねばなりません。
長旅なので、これが結構、頻繁となります。

それを避けるために、全員、通路側に座るように、座席を確保しています。
すると、全員が少し散らばるので、飛行機の中に入ると、もう、そこは一人で過ごす時間となります。
ゆっくり読書ができます。
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b7423法言の中から、ちょっといい感じだった言葉をご紹介しましょう。
「姑息は徳を破る」

姑息は知っていましたし、徳も、破るも知っていました。
でも、姑息と徳が結びついていることは、理解の外でした。
結びつくと、自然と姑息なことは避けようという思いがやってきます。
こういう思いはありがたいです。

何しろ、姑息なことをふと思ってしまうことは、誰にでもあります。
また、あわよくばと、姑息なことをしてしまうこともあります。
そういう思いが沸き上がってきたとき、ふと、立ち止まり、徳を破らないようにと思いを改めることができそうです。

知るということは、道徳を行う上で実に重要な作用をしてくれます。
知るために、本は読むものなのです。b7473
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