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天の岩戸の時代から続いている作法

野口塾in日野の懇親会。
内田先生が司会をされ,一人一人スピーチとなりました。

順番が回ってきたので,「作法の「法」の字を日本語(和語)で読むとどう読むか」と問いを出しました。
間髪を入れずに「のり!」と声が上がりました。
野口芳宏先生です。
あまりの素早い反応に,こちらがビックリしてしまいました。野口先生は,漢字も名人です!!

その「法」ですが,これが最初に出てくる書物は,どうも,日本書紀のようなのです。
天照大神が岩戸に隠れたあのお話しの後に,「法」がでてきます。

好き放題にしていた素戔嗚尊(すさのおのみこと)は,追放されてしまいます。
折からの長雨。素戔嗚尊は笠(かさ)蓑(みの)をつけて,他の神様の家に行き,宿請いをしました。
しかし,どこでも断られました。
どうも,笠や蓑を着けたまま,家の中に入っていったようなのです。
これ以来,人の家には笠や蓑をつけて入ったり,荷物を背負ったまま入るのは,不作法なこととなりました。
もし,そういうことがあったら,お払いをして清めるそうです。
日本書紀には「これ,太古(いにしえ)の遺法(のこれるのり)なり」と記されています。

蓑(みの)は,今で言えば,コートやオーバーの類です。
これを漢字で書くと,「外套」となります。
この熟語,実によく考えられていると感心しています。
「外で着る大きくて長いもの」となるからです。
漢字を見ただけでも,内では着ない物とわかります。
「外套」は江戸時代には「はおり」と読むこともありましたが,一般的には「羽織」を使っていました。
明治になり,外来語のオーバーコートなどを意味する熟語として広がりました。

今の時代でも,人様の家に入るときは,帽子を脱ぎ,コートを脱ぎ,背負っている荷物は手に持つなりします。
常識的な作法であり,マナーです。
天の岩戸の時代から,ずっと続いている作法だったのです。
歴史的作法ですね。

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